中学校の頃
意識を失い 倒れ
泡を吹き
痙攣を起こす発作が続くようになり
何度も何度も救急車に運ばれていった。
当時 癲癇について知識を持っている医者は少なく 精神障害と判断されることが多く
大きい病院に行っても
沢山の検査をした結果
癲癇と精神障害を患っていることが判断され
母の通っている精神科にも癲癇症状の子がいるし
精神的にもぼろぼろだった私は
母が通う精神科にお世話になることとなる。
何度も何度も辛い時期の話を繰り返し伝え教えなきゃならない
苦痛で苦痛で仕方がなかった。
先生とは言えど
生身の人間
自分に起きたことがないことは
他人行儀なところがいけ好かなかった。
幼い頃からだけれど
他人に対して 興味はない
心を開くなどもっての他
発作は直る見込みはなく
ただただ飲む薬は増える一方
『このままじゃ 薬づけにされてしまう・・・・』
20歳の頃
『このまま死んでも構わない』
病院を行かないと決断した。
それからも 痙攣発作は続くこととなる。
市販の薬を大量に飲み
痛みや発作に耐える生活が25歳まで続く。
あずみねぇねぇの縁で知りえた
24歳に出会った先生との出会い
自然療法のアロマの仕事をするようになってから
煙草も止め
自然と癲癇の発作自体なくなっていった。
再発したのは
母方の祖母が癌で亡くなる直前
二番目の旦那さん一樹と車での会話中
母方の叔父から 電話があったことが
きっかけとなる。
「おばぁが亡くなることで
おばぁの家に行っているのだろう
遺産目当てなんだろ?
お金が欲しいんだろ?
お前はどうせお金もないもん
俺にはわかる」
「そうつもりで行ってない。
マッサージをすることで
おばぁの痛みが
少しでも和らげたら良いなと思ってきているだけ
遺産が欲しくて来てるわけじゃない!!!!
遺産が欲しかければ
全て貰えばいい
心はそんなお金いらない
例え憎まれていたとしても
おばぁが笑っていてくれるそれだけでいいんだ」
溢れる涙がボロボロと流れ落ちる
頭にブッチと音がなり
気がついたら意識を失っていた。
そんな状況が影響し
癲癇のスイッチが入ったらしく、
癲癇が再発することとなる
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